4-4 滑川のSLホテル(完結篇)

公開中にまさかの取り壊し!今となってはこの写真の中の客車は幻となってしまいました。
当時の勇姿を思い起こしながら、残りの写真を味わってください。

助手:ほら〜、先輩がはやくホームページをアップしないから、幻の写真を出すハメになったんじゃ・・・
作者:うう、この展開は誰も予測できなかっただろう・・・しかし希少価値が高くなったなあ・・・ほえいぬさんもびっくりだな・・・
助手:ほえいぬさんの案内で、どうぞ。

ナハネ20の車内。ブラインドの隙間から撮影。シート上には席番札が落っこちていました。
やはりこういうパーツは取られやすいようですね。
オロネ10のトイレ。手前のスペースには現役時代には洗面台があったのでしょうが、現在はただの空きスペース。
こちらはオハフ33のデッキ部分。避難経路灯が点けっぱなし。ちなみに全車両点けっぱなしでした。

作者:鉄道のことはKatsu任せよう。説明してくれ。
助手:まずは1枚目。個人的にはこの写真が一番好きです。20系寝台の写真は貴重です。この写真を見る限りでは下段寝台だけを使っていたみたいですね。中段の寝台は脇に格納されているから上段は荷物置きに使っていたのかな?シート(寝台)の布張りは当時のままの青。これは嬉しいですね。
作者:俺たちが来たときには、青いシートも瓦礫の一部に・・・(涙)。
助手:窓のブラインドや灰皿も当時のままですね。寝台のカーテンだけ新品になってますね。当時は白いカーテンじゃなかったですよ。
作者:灰皿は瓦礫の中からいくつか発見できたな。白いカーテンは見つからなかったし新品だから意味がないな。席番札もたくさん見つかると思っていたけど、少なかった。俺は枕元の照明なんかコレクションとして良いと思うけど・・・
助手:2枚目の写真はもっと貴重です。10系客車の室内は僕も初めてです。「紙タオル」の箱なんかいいですね。おそらく当時のものです。これが発見できたら嬉しかったけどなあ・・・
作者:?なぜか「使用中」になってる。誰か用を足してるのか?(笑)
助手:3枚目は僕たちも見ました。「非常口」の照明はホテルになってからのものです。デッキの室内灯は当時のもの。貴重なんで頂いておきました。
作者:お前、これ(室内灯)を2つゲットしていたな。非常口の照明が点きっぱなしというのは謎。電源はどこにあるんだ?無駄だよな。

オハ35(左)とオハフ33の連結部分。貫通路は布の幌ではなく金属製のしっかりしたものが。
オハフ33のトイレからは下水管が。
オハフ33の屋根部分。全客車共、ルーフに雨漏り対策用(と思う)のビニールカバーが被せられていました。
ルーフのベンチレーターの形にあわせて立体裁断された丁寧なつくり。おかげで、傍から見ても違和感は感じません。

作者:35系客車は何とか無事に見れたんだ。でも俺たちが来たときにはホーム側のドアが全部開放されていた。さすがホテルになってからは下水対策もしっかりしている(笑)。屋根にピッタリかぶせてあるカバーは10系、20系、35系とも無残に剥がされていたんだ。さすがにかぶせたまま解体はできなかったんだろうな。
助手:2枚目の写真は僕たちが来たときと比べると面白いです。後から付けたサッシの窓枠、鎧戸、カーテンなどは僕たちが来たときにはすべて撤去されていました。サッシの窓枠は先輩の写真のとおり客車の外に放り出されていました。一番左の窓にある鎧戸だけは当時のものと推測できます。隅っこにちょっと写っている20系客車も見逃せません。かなり老朽化しています。

他の客車は例外なく朽ちているのに、このD51だけはきれいに塗られていました。
家族連れによる記念撮影が頻繁に行なわれていました。

やはり同公園の看板ですね。客車は二の次・・・?

この他にも50枚以上の写真を撮ってきましたが、なにぶん中の様子をほとんど撮影できなかったため、似たような写真ばかりとなってしまいました。
取りあえず上記の画像でSLホテルの現在の姿についておおまかに把握して頂けるかと思います。この写真を楽しんで見てもらえましたら光栄です。

作者:ほえいぬ様、ありがとうございました。
助手:ああ、またあのときの悪夢がよみがえってきた〜。寝台車の中がもっと見たかった・・・
作者:廃墟は消え行くもの、というのを身をもって体験したな。やはり行動は早いほうがいい。思い立ったが吉日、だな。

おわり

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