作者:この物件もリクエストがあったから優先して公開するぞ。
助手:これも湯涌にあった廃墟群ですね。
作者:白雲楼ホテルが廃業となって無人化した寮の廃墟だな。最初はダイゾウさんと探索した。
助手:最初はって、何回も訪れたんですか?
作者:ここと次の物件は、他の物件とは例外的に、道路沿いからやや離れた場所にあるんだ。
助手:それで?
作者:砂利道を数十メートル進んだ場所に並んで建っているけど、温泉街からは離れているし、あまり人目につかない。だから不心得者による荒らしが目立つけど、廃墟探訪者にとっても人目を気にせずに探索しやすい。
助手:なるほど。だから何度も訪れたのですか(呆れた表情)。
作者:そんな顔するなって。さらにこの2物件は未だ残っているんだ。ホテル解体の時には道路沿いの廃屋も便乗して解体されたけど、ここは道路から離れていて、重機が入りにくいのが敬遠されたのか、そのまま放置されたんだ。
助手:うーん、それじゃ温泉協会や付近住民の不安は完全には払拭されていないということですか?
作者:まあそうだけど、ホテルが解体された後も周辺警備は実施されているし、ガラスを割るとか、大声を上げるとか大きな音を出したらすぐに通報される。ドキュン連中も居心地が良くないだろう。
助手:ドキュン連中にも見放されて、いよいよ廃墟化が進行しますね…。
作者:侵入者が減った理由はもう一つある。住人が居なくなってから周囲の雑草が伸び放題になって建物に近づきにくくなったのだ。だから荒らされた痕跡は無人化した直後のころのもので、最近は老朽化による自然崩壊のほうがすごい。ここも見所だな。
廃墟ファンを大いに魅了した白雲楼ホテル。それに付随して多数の従業員寮が建てられました。
先行公開している湯涌のアパートや湯涌の廃屋もこれらの施設の一つでした。
白雲楼ホテル本体の解体が決まった時にも解体されることはなく、現在も廃墟のままで存在しています。
注意!!現在でも警察などによる見回り警備が実施されております。探索は自己責任ですが付近住民に迷惑をかけないようにしましょう。
当サイトでは、ホテル解体前の2002年、2005年と解体後の2007年、2009年の計4回訪れています。
写真は2009年のものを除き、時期が混在して紹介してあります。ご了承ください。
ダイゾウさんの北陸廃物紀行では初期の探索内容が公開されていますので合わせてどうぞ。
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道路から伸びる未舗装の道を進むと手前に見えてくる建物です。 プレハブ2階建て、ぱっと見は現代風のアパート建築に見えますが、 実際はかなりの安普請で、後にこの弊害が目立ってくるようになります。 |
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2005年に再訪したころの写真です。かなり草に覆われてきました。 現在はさらに草に覆われ、接近がかなり困難な状況です。 |
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1階角部屋の窓。唯一窓ガラスが割れている箇所です。 最初期に投石によって割られたものと思われます。 |
この廃墟は温泉メイン通りと白雲楼ホテルに向かう上り坂の分岐点から少し上ったところにある未舗装道路を進んだ場所にあります。
山の斜面にある平坦な敷地に、この廃墟を含めて二棟の建物が建っています。
すぐ隣には3階建ての鉄筋コンクリート製の従業員寮があり、どちらもホテルが廃業してから無人となり、廃墟化しました。
放置されてから年月が経つにつれて周辺を雑草に覆われるようになり、近づくことが困難になってきました。
こうした状況から、地元ヤンキー連中の溜まり場になっていたこの場所も、次第に敬遠されるようになってきたようです。
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玄関を入ってすぐの廊下の様子です。 奥のドアは外につながる勝手口、左側に2階に向かう階段があります。 右に見える棚は靴箱です。廊下はスリッパで歩いていたのでしょうか? |
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1階の廊下です。いろいろとモノが残されていました。 床板がかなり薄いらしく、歩くと歪んでミシミシと音を立てます。 踏み抜かないように細心の注意を払って進みます。 |
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無人化した当初、部屋は施錠されていたようです。 侵入者によってドアが破壊され、カギが開けられていました。 |
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玄関から近い1階の部屋です。調度品の重みで既に床が抜けていました。 |
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別の部屋。どの部屋にも台所が設けられていました。 |
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部屋によっては、かなりのモノがそのままになっていました。 |
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1階の部屋で、比較的保存状態が良かった部屋です。 |
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薬や雑誌が散乱した中で残っていた写真。 手ブレのおかげでモザイク処理をする手間が省けました(苦笑)。 おそらくこの部屋の住民、ホテルの従業員時代の頃だと思われます。 |
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窓ガラスが割れていた1階角部屋の室内です。 室内に風が吹き込んでいたせいか、他の部屋より風化が進んでいました。 窓のカーテンはビリビリに引き裂かれていて無残です。侵入者の仕業でしょうか? |
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なんとカーテンの裾に焦げ跡が! この寮がもし炎上したら、付近に延焼して山火事に発展しかねません。 破壊行為も愚かですが、放火だけは絶対に止めて欲しいものです。 |
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こちらは2階の部屋。衣類が散乱していました。 |
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押入れの扉が開けられていました。侵入者が物色したのでしょう。 |
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2階の角部屋です。日当たりが良く、現役時代はそこそこ快適だったでしょう。 ここには鏡台とテレビなどが残されていました。 白っぽく見えるのは部屋中に撒かれた消火器の粉末です。 放火行為と対照的ですが、本人は遊びのつもりでも、非常に危険な行為です。 古くなった消火器が爆発する事故がたびたび発生しています。止めましょう。 |
この物件は侵入者によって荒らされていました。これは無人化してすぐの頃、ホテルを訪れた地元ヤンキー連中がホテルに侵入した時と同じ感覚で荒らしていったものと推測できます。当時は周辺の敷地が広くて草木類もそれほど茂っていなかったので、溜まり場として絶好の場所だったのでしょう。
その後は付近住民の苦情を受けた警察や住民たちによって見回りされるようになり、ヤンキー連中はこの場を離れ、再び放置されました。建物は荒らされたままの姿を晒したまま徐々に朽ちて、同時に草木が茂るようになってますます人が寄り付かなくなり、現在に至りました。
廃屋にっぽん周遊ではリクエストを受けて2009年1月にこの地を再訪しました。草木もこの時期は枯れており、建物の全景を見れるほどに展望が開けていました。次のページではその時の写真を紹介したいと思います。